まだ夜も明けぬ賑わいに 石の畳のすきもなく どんぶり腹掛けひしめいて
競り声騒ぐ賑やかさ ヤッサ ヤッサのかけ声に 商いはづむヤッチャ場の
江戸の賄い一手に受けて 今日も賑わう河原まち
あゆみてみれば葦原の 頬にそよ吹く風にのり 隅田の川の下り舟
のどかにきこゆ舟歌は のこせし人を想うてか ひとの心をゆするかや
想えばとおし元禄の 俳人芭蕉舟を下り ながの旅路に つきしとぞ
千住の宿の春がすみ ゆくては遠し三千里 想いを胸にふさがりて
見送る人も泪をなし あとかげみゆるそこまでも 別れを惜しむ想いをば
矢立ての初めとよみし句の 別れも悲し想いなり
行く春や鳥啼き魚の目は泪
隅田川遡ればみゆる瑞応寺 夕顔姫を弔ろうて 建立せしと伝うなり
千葉氏北条戦いて 戦利と奪う名鐘を 舟にて搬びくだる際
夕顔姫の亡霊に 舟はたちまち風波を覆らんばかりに揺れ動き
舟の武将は驚きて 奪いし鐘を沈めたり
地元の民衆弔うて 鐘が淵よと称えたり
頃はえにし天長の 弘法大師巡錫し 西の新井に立ち寄りて
おりしも悪疫流行し 悩む庶民の苦しみを 払いおさむとお祈願に
病たちまち平癒しと 大師の恩徳いただきし
以来祈願の霊場と 厄除け大師と伝うなり
樹齢七百有余年 藤の花房色どり添えて さつき無なづきさかりなり
西の新井の大師さま 江戸の庶民の慰めと 参詣びとの多かりき
都どり葦の葉ずれもいと静か 関屋の里の夕ぐれに
隅田の川に流れくる かすかにきこゆアレは 木母寺の鐘ともきこゆ
静けさに 牛田の森も夕もやに うすれてみゆる風情なり
武蔵の国は江戸近し あだち郷の今むかし のべるにあまる かたらいに
すごしし人の懐かしや いまにもきこゆ人声に 遠いえにしを かたりなん